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第1号 大津市にある「酪農家と牛乳工場」

更新日:2015年3月25日

昭和40年代、早朝窓越しに聞こえる「新聞配達の自転車の音」や「牛乳屋さんが配達する牛乳瓶のあたる音」が目覚し時計代わりになっていた子どもの頃の思い出。

(若い方には理解でない書き出しで申し訳ありません。)

牛乳はその当時から、私たちの生活に十分溶け込んでいました。

最近ではケーキやアイスクリームを食べる機会が以前に比べて随分と増えました。また食文化の変化により、ヨーグルトやチーズ・バターといった乳製品が日常生活にしっかり定着しています。

今回は私たちの食生活で大きな柱となっている「牛乳」について少しお話したいと思います。

 

牛の横顔

酪農の歴史

正確な記録が残っておらずその年代は定かなものではありませんが、人類が乳を食するようになったのは大変古く、8,500年前には中東地域において羊や山羊などの家畜化が始まり、食肉用としてだけではなく乳も利用されるようになっていたそうです。

日本においては、2,400年前、弥生時代の遺跡から家畜としての牛の遺骨が出土しています。飼われていた牛は、主に中国などアジア大陸で家畜化されたものが持ち込まれたものと考えられていますが、食肉や搾乳よりも専ら田畑を耕す労働牛としての方が主目的だったようです。

奈良時代になると、全国47ヶ所に「牧」を作り、そこで搾った牛乳を加工して定期的に天皇に献上されていた旨の記録が残っているそうです。

平安時代にはいると皇族・貴族の間で広まった牛乳飲用の習慣は、殺生を禁じる仏教の影響や朝廷の勢力衰退に伴い次第に廃れていきました。

長いブランクの後、明治にはいり横浜に駐留する多くの外国人を相手に初めての「牛乳販売」が始まりました。しかし当時の日本人には、まだ牛乳を飲む習慣は定着していなかったようです。

暫くして北海道開拓での酪農を明治政府が後押しした事や、日露戦争での傷病兵の栄養剤として「牛乳」が使用された事が「栄養価の高い食品」として一般家庭への広がりの弾みとなりました。

大津市の酪農家

現在大津市には2軒の酪農家があり、約30~40頭ほどの乳牛が飼育されています。

搾乳は1日2回行われ、絞られた生乳は毎日回ってくる4トンローリーの集乳車で他の地域から回収された生乳と合わせて、大津市内の牛乳工場に届けられます。

主作業である搾乳の他、当たり前と言えば当たり前ですが、乳牛の為の多くの作業が丁寧に行われています。

乳牛は大変デリケートで、少しでもストレスを与えてしまうと忽ち搾乳量に影響がでてしまう為、飼育には十分な配慮が必要なのだそうです。

牛舎の掃除・搾乳のための準備作業から始まり、搾乳・餌やり・寝床づくり・乾乳牛の餌やり・仔牛の哺乳などの作業が段取りよくてきぱきと進められます。

午後からも午前と同様、牛舎の掃除・餌やり・寝床づくりといった搾乳のための作業が、繰り返し行われます。

餌の食べ具合などには絶えず注意を払い、乳牛の体調管理には毎日目を離せません。相手が生き物だけに、衛生面・健康面の管理には人一倍の注意が必要とのことです。

搾乳された生乳は文字どおり「生きている乳」で、「健康な乳牛から安全・安心な生乳」は絶対に譲歩できないところ。言い換えれば、乳牛を健康に飼育する為の「全ての酪農作業」が良質な生乳を提供する裏付けになっているのです。

 

綺麗に掃除された牛舎内

綺麗に掃除された牛舎内1

綺麗に掃除された牛舎内2

乳牛も人間と同じで、赤ちゃんを産んで暫くの間だけお乳が出ます。牛乳を出してくれているのは仔牛を産んだ後の雌牛だけで、出産後2~3ヶ月をピークとして約10ヶ月搾乳が続き、その後は約2ヶ月間搾乳をやめて次の出産に備える、というサイクルを繰り返します。牛乳が出ない時期の乳牛の世話も大切な酪農家さんの仕事ですし、出産まじかの乳牛には24時間体制での対応が必要となります。

酪農家は、どんな厳しい環境下にあっても愛情をもって乳牛と向き合い、仔牛の時から妊娠・出産をへて牛乳が出るまで、長い年月をかけ大切に育てているのです。

今日すべき作業は今日中に行う、という時間的制約の多い仕事を黙々とこなす酪農家さんには頭がさがります。

そんななか、ある酪農家の奥さんは「搾りたての生乳を使った美味しい「クリームシチュー」を食べられるのは酪農家だけの特権よ!」とおっしゃっていた笑顔に、なにか気が休まる思いがしました。

 

仔牛1

仔牛2

大津市の牛乳工場

湖西線沿いにある牛乳工場を訪問し、工場長から工場概要を伺った後「工場見学」をさせて頂きました。

工場は毎日毎日届けられる「生乳」に対応するため、酪農家と同様365日稼動体制で65名の従業員方が生産作業をされています。

社会科の副読本にも登場しているこの工場は、昭和36年11月に竣工しました。当時工場の周囲は田んぼだけで、大変長閑な環境だったそうです。

大津市内の小学3年生は、2学期になるとこの工場で「工場見学」をして牛乳が出来るまでの工程を学習します。なかには「私もここで工場見学をした。」という親御さんや引率の先生もいらっしゃるとのことでした。

当工場では牛乳・ヨーグルト・お茶を生産していますが、主力製品である「牛乳」の製造手順は次のとおりです。

大津市内の酪農家で搾乳されたものを含めて、毎日40~50トンの生乳がこの工場に集められます。

集乳タンクローリー

集乳タンクローリー

そして10基以上もある15トン貯乳可能な大きなタンクに収められます。お客様の要望で搾乳された地域毎にタンクに貯乳されることもあります。見学させて頂いている時、丁度「滋賀県産」の札が掛かっているタンクを見つけることが出来ました。

貯乳タンク

集乳タンク

貯乳された生乳は、検査・清浄等の作業の後、厳重に衛生管理された自動化ラインで充填作業に入ります。

自動化ライン

パック組立ライン

自動化ライン

牛乳注入ライン
 

容量や外観検査を終えた牛乳は、コンベヤーを利用して冷蔵室に運ばれここで最終の出荷検査に合格した牛乳が各消費者に出荷されます。

自動検査装置

自動検査装置2

最終出荷検査

出荷前検査

各工程のポイント毎の「機械による自動化検査」と並行して、作業員の方が要所要所でダブルチェックされていました。これを見て衛生管理・品質管理の徹底ぶりを実感しました。

また、この自動化ラインエリアに入場するには、特定作業着着装・手洗い・エアーシャワー・粘着マットといった幾つもの関所を通過せねばたどりつけません。

さすが「総合衛生管理製造過程(HACCP)」、「セーフードしが(S-HACCP)」の認証取得工場だけあると感心しました。

 

一旦外に出てしまうと、もう一度入口の「関所」に戻らないと自動化ライン室には再入室は出来ません。

ドアの外側にはノブが有りません。

 

逆戻禁止

進入禁止ドア

最後に

古くは弥生時代に始まり、暫くの間ブランクがあり、明治になり開国とともに復活し、終戦後の食料不足だった時代を経て、飽食と言われている現在まで、日本の食文化の変化と共に歩んできた「牛乳」。

我々が良質な牛乳を毎日当たり前のように口に出来るのは、酪農家の方々や牛乳工場の皆さんのおかげであることが、取材を通じてよく分かりました。

有難うございます。

 

それと乳牛さんたちの存在も忘れません!!

主役の乳牛さん

乳牛顔1

乳牛全体

お問い合わせ先
産業観光部 農林水産課
〒520-8575 市役所別館3階
電話番号:077-528-2757
ファックス番号:077-523-4053
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