大津市のトップアスリート紹介(フェンシング 木村毬乃選手)

更新日:2018年08月27日

 2017年12月に行われたフェンシングの全日本選手権。奇しくも同じ大津市出身の太田雄貴フェンシング協会新会長が大きな改革を行ったこの大会で、木村毬乃選手が女子サーブル3位入賞を果たした。

大津の環境全てが私を育ててくれた

 両親やおじ、おばがフェンシング経験者でその写真を見て幼い頃よりフェンシングに興味を持った木村選手だが、競技開始は高校からと日本のトップ選手の中では遅いスタートである。「小学校の時にアルペンスキー、中学校でバドミントンと足腰を鍛えていたので、土台は出来ていた。」地元で盛んな種目が自身のフェンシング人生に活きた形だ。

「県立でフェンシング部のあるところに入れたら始めてもいい。」父親の言葉で石山高校へ入学し、念願のフェンシングを始めた。

 フルーレ、エペ、サーブルの三種目のうちサーブルは父の種目であり、性質が自分に合っていると感じたが、部活では他に競技者が少なく、メジャーなフルーレをしていた。それでも部活後、家でサーブルを特訓していたという。高校3年間のフェンシングと勉強の両立は死に物狂いで、部活中倒れて救急車で運ばれたことも3回あった。全力投球の日々によって、時間を有効活用するスケジューリング能力やチャレンジ精神が身に付いた。結果として、女子サーブルでJOCジュニアオリンピック優勝、インターハイ準優勝の成績を残し、本格的にサーブル一本で世界と戦う道へ進んだ。この怒涛の3年間通学で乗っていた湖西線に乗ると帰省した気持ちが一際強くなるという。

フェンシング練習 木村毬乃選手と練習相手の写真
木村毬乃選手 フェンシング練習

リー・ウッチェコーチの下、毎日厳しい練習に打ち込み日本女子サーブル全体のレベルが上がり激しい競争になっている。

フェンシングへの熱い想い

少し前までは、フェンシングの魅力を聞かれたときは、言葉で説明しようとしていた。しかし、お互いが剣先まで気迫を込めてフェンシングならではの駆け引きを全力でやっている試合なら、観ている人は熱を持って応援してくれるはずとの考えから、今では競技自体に触れる機会を増やして欲しいと語る。「見たときにフェンシングのルールを知らない人でも引き込まれるような試合を目指していきたい。」フルーレ+エペ、フルーレ+サーブルという競技開催の方法のため、今まで出てこなかった国体も滋賀開催の時は地元にもフェンシングを愛する気持ちを伝えたいと競技普及への気持ちも人一倍強い。

自分に負けてしまうのが一番嫌だ

 「東京オリンピックに出場して自分の最大のパフォーマンスを残したい。金メダルを目指してやっているのは当たり前。そういう人たちと戦って得るものが一番大事。その中で、自分の力を出し切れれば結果として金メダルに届くような実力をつけていきたい。」

 今の環境の充実があるからこそ、一日一日の練習の積み重ねでそこまで辿り着けるという実感があるという。全日本選手権の3位でようやくオリンピックへのスタートラインに立てた。世界でも通用するように、漫然とした目標でがむしゃらにやるのではなく、質の高い練習をして絶対に逆転すると力強く語る木村選手の今後の成長が楽しみだ。

木村毬乃選手の写真

琵琶湖ポーズで地元愛とフェンシング愛を元気に語っていただいた。

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