トップアスリートの紹介(柔道 遠藤宏美選手)

更新日:2018年11月02日

 柔道のグランドスラムやグランプリといった世界大会において、大津市出身の遠藤宏美選手(女子48キログラム級)が、歴代のオリンピックチャンピオンにも勝利して優勝や入賞を果たしている。「根本的に負けず嫌い」と語る遠藤選手は、二度の大きな怪我を乗り越えて、今、世界のトップと闘っている。

勝ったら嬉しい、負けたら悔しい

 父親が柔道の先生をしていた関係で4歳から始めた柔道は、遠藤選手にとって生活の一部だった。小学校時代は、試合の勝ち負けに一喜一憂しながら続けて、第一回全国小学生学年別柔道大会に出場した。

 高等部の練習に参加できるという理由で、柔道部がない比叡山中学へ進学した。常に格上や他の中学での対外試合で高めた実践力で、全国中学校柔道大会を制した。自分から動いていく環境が楽しかったという遠藤選手は、現在も筑波でのトレーニングを基本に、様々な場所へ出て練習している。今悩んでいる子どもたちに、「狭い視野にならないで欲しい。」と語る遠藤選手にとって、自分で立てた目標に向けて努力し続けて見えてくる様々な世界、その世界の広さは大きなモチベーションになっているようだ。

 比叡山高校に進学し、全日本ジュニアを1、2年生で連覇、2年生時に世界カデ優勝、世界ジュニアでも2位になるなど、国内外で順調に世界への階段を駆け上がっていった。練習も厳しく、中学生の男子や先生とよく試合していた。また、高校時はチームメイトとライバル関係で、お互いに成長する原動力だった。そして3年生時にはインターハイでの優勝やシニア大会の東アジア柔道選手権で優勝した。

怪我からの復帰

 高校時代の好調は、筑波大学へ進んだ後も続き、1年生時にインカレ、アジア柔道選手権大会、世界ジュニアを次々と制覇し、3年生で再びインカレ制覇、ランキング上位16人のみが出場できるワールドマスターズでは、オリンピック金メダリストをも破って優勝を飾り、リオデジャネイロオリンピックを視界に捕らえてきていた。

 しかし、3年生の秋に肩を脱臼し長期の離脱を余儀なくされる。手術後のオリンピック出場に向けたリハビリの末、復帰を目前にした練習時に、左膝の前十字靭帯を損傷し、再び手術となった。オリンピック出場も叶わず、1年の離脱となったこの期間は本当に辛い時期だった。

 度重なるケガで、第一線を離れた遠藤選手が世界大会復帰を果たしたのは、もう一度トップレベルの試合を味わいたい思いが大きな支えとなっていた。「試合の時は気持ちでやっている」と語る遠藤選手にとって、強い気持ちが今の復活劇に繋がっているのだろう。

練習に励む遠藤選手

筑波大学で練習に励む遠藤選手。

自分の全てをかけて取組んでいきたい

 東京オリンピックの選手選考は、今年の5月からの大会での成績によって決まる。日本国内3位、世界ランキング14位(2018年8月17日現在)の遠藤選手は、大きな国際大会で上位に食い込んでいく必要がある。しかし、国内の争いが激しい日本では、11月に開催される講道館杯が大きな鍵を握っている。大きな国際大会の出場枠争いがそこから始まるからだ。

 身近になればなるほど、オリンピックは簡単に届かない場所だと実感したという。「自分の全てをかけないと到達できない。全てをかけてオリンピックに向けて取組んでいきたい!」強い気持ちがこもった言葉に今後の期待をせずにいられない。「応援しているよ」と声かけてくれる人がたくさんいるという大津市に、遠藤選手のオリンピック出場の吉報が届く日が楽しみだ。

遠藤選手のダブルピース

厳しい柔道時とは違い、終始笑顔で取材に応えていただいた。