三橋節子と近江昔話

更新日:2023年08月04日

三橋節子が34歳のとき、右肩鎖骨にできた腫瘍摘出のため利き腕の右腕を切断する不運に見舞われますが、その後も余命いくばくもない中、絵筆を左手に持ち替え、近江昔話を題材に描いた絵画が、幼子らを残して逝かねばならない自身の境地と重なり、これらの絵画を観る人々の心を打つ作品群となりました。

ここでは、節子が描いた近江昔話の内、「三井の晩鐘」、「余呉の天女」、「花折峠」、「鷺の恩返し」、「雷の落ちない村」の概要について紹介します。

三井の晩鐘 大津市園城町

「その昔、琵琶湖に住む竜神の娘が人間に化身し、湖岸で暮らしていた漁師と結ばれ、やがて子が生まれます。ところがある日、琵琶湖へ帰る日がきて竜神の娘は湖の底に沈んでしまいます。しかしながら赤子が乳を求めて泣くので、やむなく乳の代わりに自分の目玉を与え、竜神の娘はとうとう盲目になってしまいます。そこで夫と赤子の無事を確かめるため、湖底にいる盲目の自分に聞こえるように、毎晩、三井寺の鐘を撞いてほしいと夫に頼むのでした。」

三井の晩鐘
「三井の晩鐘」1973年(昭和48年)9月

余呉の湖哀し(余呉の天女)〖当館絵画の表題は羽衣伝説〗長浜市余呉町

「その昔、羽衣をまとった天女が天から舞い降りてきて、余呉湖のほとりで羽衣を柳の枝にかけて休んでおりました、そこへ現れた若者が天女の美しさに心をひかれ、天女を妻にめとり、その翌年には子が生まれました。幸せに暮らしていたある日、若者が赤子をあやしていた子守唄の中で、隠してある羽衣の場所を口ずさんでしまいます。それを聞いた天女は羽衣を見つけてまとうと、夫と赤子の名を呼びながら天へと舞い上がり、青空の中に消えていったのでした。」

羽衣伝説
「羽衣伝説」1974年(昭和49年)3月

花折峠 大津市葛川

「その昔、山里の村で暮らす二人の花売り娘がいました。一人は評判の良い娘で花がたくさん売れ、もう一人は評判の良くない娘で花はあまり売れません。あるとき、まちで花を売り歩いた帰り道、急に激しい夕立になり、村へと続く峠の川が激流となりました。二人はその川を渡らないと村へは帰れませんので、大雨の中、丸太橋を渡りますが、評判の良くない娘にふと邪悪な心が生まれ、評判の良い娘を激流の川へ突き落としてしまいます。しかし、村へ帰った評判の良くない娘は、そこに評判の良い娘が居るのを目にし、急ぎ突き落とした峠道に引き返すと、不思議なことに、あたり一面、茎の折れた花々が散らばっていたのでした。」

花折峠
「花折峠」1974年(昭和49年)9月

白鷺の恩返し(当館絵画の表題は鷺の恩返し)近江八幡市

「その昔、傷ついた白鷺が湖岸でさまよっていると、日牟礼の社から大国主命が現れ、沖島の霊泉で傷を癒したらよいと声をかけ連れていきました。その後いくつもの歳月が流れたある日、社のある大島に火事が起こりました。大国主命への恩返しはこの時とばかりに、白鷺は琵琶湖の水を飲んでは火に向かって吐き続け、社殿の屋根は焼けましたが、島の火は鎮まりました。島の湖岸には血に染まった一羽の白鷺が死んでおり、そこは大国主命に声をかけられた湖岸でした。」

鷺の恩返し
「鷺の恩返し」1973年(昭和48年)10月

雷の落ちない村・雷封じの宮(当館絵画の表題は雷の落ちない村)    高島市・東近江市

「その昔、ある村に通りかかった修験者が、村人から雷の被害が多く手を焼いていると聞きました。修験者は、それは雷神を呼ぶ雷獣の仕業で、村に住みついたのであろうと言い、村人とともに村はずれの森に麻で編んだ網を仕掛けることにしました。夕方になって雷雨が激しく森をたたきつけると、どこからか一匹の赤黒い獣がよぎったので、えいっとばかりに網を引くと、頭や顔は犬に似ているものの、黒い鋭い口ばしに尾が狐のように垂れ、鷲のような爪を持ち、奇妙なうなり声で暴れる獣を捕まえました。修験者は鉄杖で獣を突き倒し去っていきました。その後、村にはばったり雷の被害がなくなったとのことです。」

雷獣1
「雷獣1」 1974年(昭和49年)7月

「三井の晩鐘」、「羽衣伝説」、「花折峠」の絵画に登場する、朱色の着物を着た娘はいずれも節子自身を表し、幼子らを残して逝かねばならない境地を重ね合わせ、「三井の晩鐘」と「羽衣伝説」では母と子の切ない別離と深い愛情を、「花折峠」では好きだった野草たちに見送られ川に流されていく、華麗にして情感のにじむシーンを描きました。

「鷺の恩返し」では、節子自身に降りかかる運命の中、病魔に立ち向かい苦闘する生と、迫り来る死の静かな世界を対比して描いています。

「雷の落ちない村」は、我が子に残した絵本で、主人公が村人と協力して雷獣を捕まえますが、最後は二度と村に来ないようにと諭し逃がしてあげるストーリーにしており、我が子に勇気と思いやりのある人間になってほしいとの願いが込められています。

地図イメージ画像

三橋節子と近江昔話の舞台(PDFファイル:400.9KB)

この記事に関する
お問い合わせ先

長等創作展示館・三橋節子美術館
〒520-0035 大津市小関町1-1
電話番号:077-523-5101
ファックス番号:077-523-5101

長等創作展示館・三橋節子美術館にメールを送る