大津市役所YouTubeチャンネルで配信中 戦国三武将+1 柳が崎湖畔をゆく

更新日:2021年09月18日

滋賀公民館と地域団体滋賀村プロジェクトがコラボで製作配信

滋賀公民館では「滋賀を元気に!コロナ禍でもできること、楽しめること」をメインテーマに地域の人材や諸団体の協力を得て事業を展開しています。

多くの遺跡、古墳、そして古くから和歌に詠まれてきた歴史や豊かな自然が残っている滋賀の魅力を地域や多くの人に発信することを目的に活動している「滋賀村プロジェクトいいね滋賀」とのコラボで製作配信する歴史ご当地ツァー第2弾「戦国三武将+1柳が崎湖畔をゆく」をぜひご覧ください。

滋賀学区に縁のある戦国三武将をご存知ですか

宇佐山城跡で三武将のイラスト(案内板と共に滋賀村プロジェクトが設置)を目にされた方もいらっしゃるでしょう。

前回の大津市YouTubeチャンネル配信「戦国三武将による歴史ご当地ツァー 宇佐山城」を見逃された方もご存知ないのでここに紹介します。

まず筆頭は、のぶっちこと織田信長、そしてみっちゃん明智光秀。もりくん森可成と続きます。

プラス1は三武将の誰かに縁の武将

今回登場のプラス1は、みっちゃんと縁が深い武将「明智左馬之助」です。

左馬之助は「秀満」とも称し光秀の女婿(異説に従兄弟)と言われています。本能寺の変では光秀の先鋒となり襲撃し、安土城の守備につきます。琵琶湖の湖上を馬で渡った「明智左馬之助の湖上渡り」の伝説で有名です。

明智左馬之助の湖上渡り伝説

安土城で明智光秀の敗北を知った左馬之助は坂本城に引き揚げようとしましたが、大津打出浜の辺り(現在の滋賀県立琵琶湖文化館前あたり)で堀秀政の敵兵に遭遇します。

左馬之助は琵琶湖に騎乗していた愛馬の名馬と共に乗り入れ、騎馬で湖上渡りを決行します。唐崎と三井寺の間の崎、現在の柳が崎あたりに上陸し駒をつないだとされています。

打出浜には「明智左馬之助湖上渡りの地」の碑が、柳が崎湖畔公園には「明智左馬之助駒止めの松」の碑が建立されています。

戦国三武将+1 柳が崎湖畔をゆく

大津市YouTubeチャンネルをご覧いだだく前に、陰の声をお聞きください。より面白く動画を見ていただけること請け合いです。

そして、動画撮影裏話、というより苦労話。左馬之助への想いが湧き上がること間違いなしです。

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