「文学のまち大津」インタビュー:成安造形大学 准教授 宮Cityさん

更新日:2026年09月10日

 「文学のまち大津」インタビュー集。大津市内で文学に関する活動を続けている人を訪ねて取材をしています。

 成安造形大学でイラストレーション領域准教授を務める、グラフィックデザイナーの宮City先生にお話を伺いました。

インタビュー

ZINEを作る

― 授業内容とZINE(ジン) ―

 イラストレーション領域は、「アートイラスト」「メディアイラスト」「キャラクターイラスト」といった分野に分かれています。その中で私が主に担当しているのは「メディアイラスト」です。

 本を制作したり、グッズを作ったり、カレンダーのようなプロダクトを制作したりと、イラストをさまざまな形で「もの」に落とし込んでいく、実践的な内容が中心です。イラストを仕事として活かしていくための基礎を学ぶ領域ですね。

 その一環として「本を作る」という課題があります。ただ、「本」という言葉だと少し堅い印象がありますよね。最近は「ZINE(ジン)」というカルチャーが広く知られるようになってきたので、「DIYで作る本」というイメージで授業を進めています。

 ZINEとは、もともとは同人誌のような文化から始まっています。海外では、自分の好きな音楽やバンドを紹介する「ファンジン(Fan Zine)」と呼ばれるコピー冊子が起源とも言われています。そこから作品集のようなアートZINEへと発展し、さらに雑誌や情報誌、エッセイ、紀行文など、さまざまなジャンルへと広がってきました。最近は文学フリマなども各地で開催されていますし、私たちも様々なものに参加しています。大津市の湖都の葉マルシェもその一つですね。

 今では、そうしたものも含めて「ZINE」という概念が広く浸透し、全国各地でZINEイベントが開催されるようになっています。実際に作られているものを見ると、「冊子」という意味では従来の本と大きく変わるわけではありません。ただ、「ZINE」という言葉が広まったことで、ぐっと敷居が下がりました。個人が自分の思いや日常を自由に発信する媒体として、多くの人が気軽に本を作るようになっています。

— 「ZINE」を巡る様々な意見 ―

 ZINEというのは、ある意味ではSNSに近い存在なのかもしれません。SNSで発信しているような内容を、小さな本という形にまとめて、自分自身で発信する。そんな個人メディアとしての役割を持つようになっています。本当に一つのカルチャーであり、一つのメディアになっています。

 もちろん、ZINEに対する考え方は人それぞれです。「ZINEはストリートカルチャーであるべきだ」という人もいますし、「作品集のように完成度が高くても構わない」という人もいます。

 一方で、あまりにも完成度が高くなり、一般的な書籍に近づきすぎると、「それはもうZINEではないのでは」と考える作家さんもいます。もっと瞬発力があり、思いついたことを即興的にまとめたような冊子こそがZINEなのだ、という考え方ですね。

 そのため、今でも人によって捉え方や線引きは少しずつ違っています。

― ZINEという文化 ―

 日本には昔からフリーペーパー文化がありました。20年どころか、もっと前からありますよね。フリーペーパーは基本的に無料で配布される広報誌のような存在でしたが、その延長線上で「販売する冊子」として成立するようになったのが、今のZINE文化につながっている部分もあると思います。

 出版社や個人出版、本屋さん自身が出版レーベルを持つような流れもありますし、大規模な出版物でなくても小さな規模で、自分たちのペースで作ることが認められる世界です。最近では、一人だけで制作するものだけではなく、複数人で編集したZINEもたくさんあります。さらに進むと、自分たちで印刷スタジオを作ってしまう人や、個人出版社のような活動をしている人もいますし、本当に多様です。そうなってくると、「本」と「冊子」と「ZINE」の違いは何なのか、という話にもなってきます。

 実際、ZINEイベントにも小規模な出版社が普通に出展しています。そのため、ZINEと商業出版の境界は少しずつ曖昧になってきています。一方で、「本来のZINE文化はそういうものではない」と考える人もいます。そこは今でも議論がありますね。

 ZINEをつくる中で、完成度を追求し始める人もいます。一般の出版社と同じような品質を目指して競争し始めると、本来のZINEが持っていた若々しさや勢い、鮮度が失われてしまうこともあります。

 もちろん、それでビジネスとして成功する人もいます。でも、「ZINEの面白さはそこじゃなかったよね」と話す作家さんも少なくありません。私も、その考え方には共感する部分があります。

— 授業でのZINE作り ―

 私が担当している授業では、まず最初に「オリジナルZINE」を作ります。それも、本当に短い期間で制作します。まさに先ほどお話ししたような、ストリートカルチャーとしてのZINEの感覚ですね。瞬発力で作るということを大切にしています。授業では、完成度の高さよりも、「実際に形になること」を重視しています。授業の最初の3回くらいは、その入門として短期間でZINEを制作します。

 その後、本格的な作品制作に入ります。後半で制作するものは、ZINEと呼ぶべきか迷うくらい完成度が高くなる学生もいます。印刷会社へ入稿する学生もいれば、自分で製本する学生もいます。簡易印刷機を使って自分で印刷・製本するところまで含めて制作する学生もいて、それもZINE文化の面白さですね。

 若い人たちには、即興的に作ってみて、作りっぱなしでもいいから、とにかく一度世の中へ出してみる経験をしてほしいと思っています。もちろん、美術大学ですから、完成度を高めたり、一つの作品を深く掘り下げたりすることも大切です。でも、それだけを続けていると、「こうあるべき」という考え方に縛られてしまいます。

 だから、少し雑なくらいでもいい。勢いで作ってみて、その中にどんな面白いエッセンスが生まれたのかを考えることの方が、私は大事だと思っています。そういうことを、若い人たちには考えてほしいですね。

— 卒業生の進路 ―

 イラスト領域の学生は、デザイン・印刷関連やゲーム業界へ就職する人が多いですし、キャラクター関連や雑貨メーカーの会社へ進む学生もいます。キャラクターと生活雑貨が組み合わさったような商品を扱う会社では、マスキングテープや文房具、生活雑貨などのデザインを手掛けるような仕事です。

 そういう仕事では、作家として名前を出すというよりも、柄や模様、パターンとしてイラストを描くこともあります。「絵を描き続ける仕事」ではあるものの、純粋に作品だけを描くわけではありません。イラストレーションの仕事には、本当にさまざまな形があります。

ZINE実例1
成安造形大学 宮City先生1

 

 

ZINE実例2

AIについて

― AIの進歩 ―

 AIはこれからますます発展していくと思います。ただ、今のところ私は「脅威」というより、「新しい道具」だと考えています。成安造形大学は比較的アナログを重視している大学です。教員にもそうした考え方を持つ人が多いですね。美術大学を目指す受験生も、まずはデッサンなどアナログの基礎から学びます。そうした土台がある以上、急にすべてをデジタルへ切り替えることは難しいですし、ものづくりの現場そのものを大きく変えてしまうことはないでしょう。だからこそ、今でもアナログの力はとても大切だと思っています。

 一方で、AIはこれから確実に使う時代になります。学校でも企業でも、AIをどう活用するか、それぞれルールは違うでしょう。現場に入れば、その会社のルールに従ってAIを使うことになります。

 ただ、学校として明確な方針を打ち出すには、まだ早いとも感じています。私たち教員自身も、AIについてすべて理解できているわけではありませんし、この1〜2年で技術の進歩があまりにも速すぎます。今決めたことが、来年には通用しなくなっているかもしれません。だから現時点では、あまり細かく制限を設けるのではなく、柔軟に考えていこうという姿勢です。

 私自身、コンピューターがまだ一般的ではない時代に学生でした。その後、コンピューターが制作現場に入ってきたときも、「これからどうなるんだろう」と皆が思いました。でも振り返ってみると、結局は道具が一つ増えただけだったんです。

 ですから、AIも同じだと思っています。教育の現場でも、「AIは新しい道具である」という捉え方になるのではないでしょうか。

― AIとの競合 ―

 私はグラフィックデザイナーでもあるので、授業でも実際の仕事でも、「ディレクション」が重要だと考えています。AIが作ったものをそのまま出すのではなく、人が判断し、選び、方向づけをする。その役割がある限り、人間が活躍する余地はまだまだあると思っています。だから、AIそのものを脅威だとはあまり考えていません。

 ただ、理解して使いこなせるようになることは必要です。コンピューターが普及し始めた頃も同じでした。コンピューターを使うと、独特の「コンピューターっぽさ」が作品に出てしまいます。学生は、自分が今まで見たことのない表現だから面白いと思って使うのですが、見る人が見れば「このソフトを使って作ったな」とすぐ分ってしまいます。

 AIでも、同じことが起こると思っています。だから最終的には、人間らしさをどう加えるか、どう編集するかが大切になってくるでしょう。

ZINE実例3
成安造形大学 宮City先生2

 

 

ZINE実例4

美術教育

― 答え合わせと寄り道 ―

 最近は小中高校で美術の授業時間も減っていますが、自分で考えたり、発想したりする力を育てるという意味では、本当はとても重要な教科だと思っています。今の子どもたちは、インターネットで検索すれば、すぐに「正しい答え」が見つかります。でも、それは答え合わせをしているだけなんですよね。
 例えば、私たちの世代は図書館へ行き、目的の本を探している途中で、偶然知らない本に出会うことがありました。背表紙を見て興味を持ち、予定になかった本を手に取る、というような「寄り道」が自然に生まれていました。
 でも、ネット検索では、そういう偶然の出会いが起こりにくい。もちろん、私が昔を懐かしんでいるだけという面もあります。それでも、余分なものが入り込む余地が減っていることは、少し気になっています。

 だから私は、授業や仕事の中で、あえて「余分なもの」が入り込むような仕掛けを考えるようにしています。例えば、学生には「やったことのないこと」を必ず一度は経験させるようにしています。教育はどうしても答え合わせになりがちです。でも、美術やクリエイティブの世界は違います。新しいものを生み出すということは、今まで存在しなかったものを生み出すことです。つまり、「正解」がない世界なんです。正解がないものを生み出せなければ、この業界では生き残れません。
 一方で、教育の現場では、どうしても「正しいこと」を教える方がストレスも少なく、納得も得られやすい。もちろん、間違ったことをすることが目的ではありません。でも、間違うことを恐れてしまうような育ち方をしている学生は多いですね。例えば、高校で探究学習について話をしていても、「正解のないことを学ぶ」ということへの理解が、まだ十分ではないようにも感じました。本来は、現場へ行ってインタビューをしたり、実際に体験したりして、その積み重ねから法則や結論を見つけていくものだと思うのですが、今の子どもたちは先に法則を探して、それを当てはめようとする傾向があります。

 あえて間違ってみると、発見できることもあって、間違いがそのまま新しい表現になることだってあります。違和感というのも表現の要素になりますからね。そもそも他の人と同じことをしていて、独自の表現に辿り着けるのかなぁ、とも思うんです。間違うのって手法なんですよね。それに、正解から外れて間違いすぎたとしたら、どの辺の範囲が正解なのかを確認することもできて、自分なりに「正しい」の基準を設けることもできるんですよね。

― 正解のない社会で生きる ―

 今の社会には、そもそも正解がありません。未来も見えていません。だからこそ、「正解がないこと」に向き合う力が必要なんです。

 ただ、大人が教育やワークショップを企画すると、「最後に何ができるか」を用意してしまいがちです。例えば工作のワークショップなら、「参加するとオリジナルバッグが作れます」といったゴールを最初に提示しますよね。そうすると参加者は安心して来てくれます。逆に、「最後に何ができるか分かりません」と言うと、ほとんど人は来ません。つまり、大人自身が「最後にオチをつける」「ゴールを見通せる」ことに安心してしまっているんです。
 もちろん、それで参加者の満足度は上がります。でも、大学教育くらいになると、「結局あれは何だったんだろう」と思うような体験があってもいいと私は思っています。小中高校でも、そういう学びが少しずつ増えていくと面白いですよね。

 よく言われる話ですが、日本の教育は「1+1=2」という問題を解くことを重視します。一方で海外では、「□+□=2」のように、答えが一つではない問いを出すことがあると言われます。本来育てるべきなのは、「答えを出す人」ではなく、「問いを作る人」ではないでしょうか。

― イノベーターの世界 ―

 日本は、イノベーターが生まれにくいと言われることがあります。美術系の教育であれば、本来もっと自由にやっていいはずのことまで、きちんと正しくやろうとしてしまうからかもしれません。だから私は、少し散らかっていてもいいと思っています。人生は長い。大学生活の中、ここで何か一つでも火がついたり、芽吹けば、それだけでも十分意味があります。
 ただ、これまでずっと「正しくやりなさい」「きちんとやりなさい」と教育されてきたので、なかなか殻は破れません。もちろん、殻を破らない方が社会には適応しやすい面もあります。受験勉強などは、その典型かもしれませんね。

 私自身も、生きづらさを感じながら生きてきた部分はあります。でも、この業界では、それがむしろ強みになります。一方で、多くの学生は一般社会を前提に進路を考えています。そのため、最近はクリエイティブ職ではなく、一般職へ就職する学生も以前より増えてきました。もちろん、それも一つの選択だと思います。学生たちは、作品を作り続けることがどれほど大変かを、在学中に知るからです。

― 道を外れる、殻を破る ―

 私たちの学生時代は、インターネットもありませんでした。だから「もしかしたら自分にもできるかもしれない」と、本当に根拠のない夢を持つことができました。ところが今は、何でも情報が手に入ります。先に現実が見えてしまうので、最初から予防線を張ってしまう学生も多い。
 ある意味では、みんな早く大人になってしまっているのかもしれません。だから私は、学生たちには「道を踏み外すチャンス」をできるだけ用意したいと思っています。もちろん、本当に人生を踏み外してほしいという意味ではなく、既存の枠から一歩外へ出て、新しいことに挑戦するチャンスです。この世界では、それがなければ生き残れないと思いますし、もっとムチャして遊んでほしいですから。

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