大津市立平野小学校

更新日:2026年10月01日

学校の全景

大津市立平野小学校は、その前身となる松本学校、峻明学校が1876年(明治9年)に設立されました。のちに、大津東尋常小学校と改称、1937年(昭和12年)に現在の馬場に校舎が落成されました。その後、平野国民学校と名前を変え、1947年(昭和22年)に現在の大津市立平野小学校という名称となり、創立100周年を迎える1973年(昭和48年)に新校舎が建てられ、現在の姿になっていきました。1970年代後半から校区の宅地化が進み、湖岸に大型のマンション等も建設され、ピーク時には児童数1500名を越えて県内でも有数の超大規模校になりました。現在も多くの児童が在籍する大規模校です。

校区には、JR琵琶湖線の膳所駅や京阪膳所駅、名神大津ICなどがあり、交通の便が大変良いところです。また、大型商業施設や、松尾芭蕉の墓所がある義仲寺などもあります。

最近では、宮島未奈さんの「成瀬は天下を取りにいく」の舞台としても知られる「ときめき坂」にある“ときめき小学校”です。2026年2月21日に、創立150周年を迎えました。

詳細
所在地 〒520-0802 大津市馬場一丁目2番1号
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開校 1876年(明治9年)2月21日 開校
最寄り駅 JR「膳所駅」・京阪「京阪膳所駅」から約250メートル(徒歩約5分)
電話 077-522-2335
通学区域 西の庄(一部通学区域が分かれます。) ・鶴の里・石場・打出浜・竜が丘・池の里・馬場一丁目・馬場二丁目・馬場三丁目・松本一丁目・ 松本二丁目(一部通学区域が分かれます。) ・におの浜一丁目・におの浜二丁目・におの浜三丁目・におの浜四丁目・本宮二丁目8番41~51号、9番~17番の全号、18番8~18号、19番~29番の全号、湖城が丘1番の全号、23番~28番の全号、31番の全号、33番~44番の全号
クラス数(児童生徒数) 令和8年5月1日時点
  • 1年生 5クラス(150人)
  • 2年生 5クラス(142人)
  • 3年生 5クラス(138人)
  • 4年生 4クラス(148人)
  • 5年生 5クラス(160人)
  • 6年生 5クラス(154人)
  • 特別支援学級 9クラス(47人)
合計 38クラス(939人)

教育目標

かがやけ笑顔 心ときめき小学校

「人と関わり 学べ!遊べ!平野にときめけ!」

本校の特色

教育理念

『人は人によりて人となり得べし』

めざす子どもの姿

か:考える子ども(知的側面)
が:がんばる子ども(社会的側面)
や:やさしい子ども(情意的側面)
け:元気な子ども(身体的側面)

学校生活の礎

  • 進んで挨拶をしよう
  • みんなで掃除を頑張ろう
  • 人の話をしっかりと聴こう

平野小学校校歌

本校の誇れる文化財、いや、宝物として校歌も挙げられます。沿革史には、昭和5年10月30日に「校歌制定」と記録が残ります。作詞は「ふじの山」などの作詞で知られ児童文学者の巌谷小波先生に当時の母姉会が自発的に寄付を募り依頼され、また、作曲は、「ふるさと」「春の小川」など日本の有名な唱歌を多数作られている岡野貞一先生で、こちらは当時の教職員がお金を出し合って依頼したと聞き及んでいます。当時の保護者や教職員の熱い思いにより制定され、現代も受け継がれている平野小学校校歌です。

青い目の人形(ジェーン=ハイランドちゃん)

1973年(昭和48年)の改築の時、古い校舎の解体作業中に壁板の中から一体の西洋人形が見つかりました。それは1927年にアメリカ合衆国から贈られた「青い目のお人形」だったのです。不幸な戦争が始まり、敵対国アメリカから贈られたものとしてその多くが廃棄させられた中で、当時の教師がそっと壁板の中に隠したと言われています。今では、滋賀県に本校以外にあと一体あるだけだそうです。(現在は大津市立歴史博物館に貸し出され、年に1回里帰りしてきます。)

お知らせ

関連文書

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この記事に関するお問い合わせ先

教育委員会 平野小学校
大津市馬場一丁目2-1
電話番号:077-522-2335

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