「文学のまち大津」インタビュー:「湖都の文学」編集長、大津市俳句連盟 川那部 瞳さん

更新日:2026年05月19日

 「文学のまち大津」インタビュー集。大津市内で文学に関する活動を続けている人を訪ねて取材をしています。

 大津市が発行している、市民のための文芸誌『湖都の文学』。コンクールのような審査形式ではなく、投稿された作品が全て掲載されるというスタイルを守り、年一回の発行で57集まで継続されてきました。令和8年度は、第58集を刊行予定です。

 その編集長として、また俳人として大津市俳句連盟でも活躍しておられる、川那部瞳(かわなべひとみ)さんに、文芸誌のこと、俳句のことをお聞きしました。

インタビュー

― 『湖都の文学』について ―

 俳句、短歌、小説、いずれにしてもいろんなコンクールがありますけど、応募して認められるというのはもちろん嬉しいし、励みにもなります。しかし、『湖都の文学』は市民のための文芸誌ということで、投稿すればそのまま自分の作品を載せてもらえます。それがずっと残っていきます。創刊したのが昭和44年ですが、図書館に行って調べたら初刊の第1集からずっと残っていました。古いものは閉架式なので申請して出してもらうのですが、新しいものは開架にもあります。これらは永久保存だそうです。最初の頃のものを見ていると、懐かしい名前が次々と出てきました。もう亡くなってしまわれた先生の、若かりし頃の俳句が出ていてね、すごいなと思いました。私の所属している花藻句会は先日90周年を迎えたのですが、その先生たちの若いころの俳句も出てきてすごく感動しました。

 なかなか自分で句集を出したり本を出したりできませんから、こんな風に残っていくというのはいいなと思って。『湖都の文学』というのは意義ある本だなって思いましたね。だから『湖都の文学』に投稿してくださいと言うときに、「ずっとこれ残るのですよ。自分の俳句が残るのですよ」とか、「滋賀県の続く限り、国会図書館にも行ってるから、日本国が続く限り残りますよ」とか大げさなこと言いながらね、笑いながら勧めているんですけど。何十年か先に孫やひ孫が大津の図書館に行って探したら、おばあちゃんやひいおばあちゃんのが出てくるわ、とかですね。

 今はもう何でもWebとかパソコンとかで流れていきますものね。高齢になると中々パソコンを開いてとか、スマホ操作してとか見られないし。Webの中には永久に残りますし、消そうと思っても消せないですが、それを誰も探し出してくれないですよね。反面、図書館に行ったら手に取って見られるからこれはいいな、残してもらいたいなと思いますね。

 市民の文芸誌というものですから、別に芸術的に価値あるものでなくても、私的なものでも良いと思うんですけど。質の高い文学のみを残そうというならまた別な、例えばコンクールみたいな文学賞を創設すれば良いんです。

湖都の文学編集長 川那部 瞳さん_01

 

 

湖都の文学 表紙写真No55_56_57

― 大津の魅力 ―

 大津は文化の街というか、歴史的にも旧跡もあるし。昔の人が踏み固めた地面を同じように歩いて、「ここ東海道やったんや」って言いながら思いをはせながらね。幻住庵へ行っても、義仲寺へ行っても、「ここ芭蕉さんきゃはったな」とか言いながらね。まあ芭蕉さんあちこち行ってはるから大津だけではないんですけど、もう最後の安住の地に選ばれたところですからね。その辺あんまり知られてないですね。

 だから『湖都の文学』は意味あると思います。私もこの編集に携わらしてもらって、今までこういうもの知らなかったのに存在を知れたことも、それからこれの編集に携われたこと、やっぱり私の後半の人生の中でも、これはいいなと俳句やっててよかったなっていう風に思いますね。これがずっと続いていくことを願ってるんですけど。

 

― 文学を広めること ―

 人間には右脳人間と左脳人間がありますよね。また、理科系と文科系と区別することもありますけれども、でも理科系の人でも意外と文学好きの方も結構たくさんおられますよね。そんな中で文学とかに最初に興味を持ってもらうのは、どんなきっかけがいいんでしょうね。

 私は健康推進委員ってのもやっていてね、高齢者の健康とか私たちの健康推進を地域でやってるんです。月2回いきいき体操とか健康体操とか教室もやっているんですけど、体だけじゃなくて高齢者に脳トレで頭も使いましょうっていうのでね、俳句の五七五に合わせて体を動かすとか、俳句を大きな声で読んでみるとかやっています。高齢者になると声を出すことも大事で、体を使うことも脳を動かすことも大事だからっていうのでそういうのをやってみたら、歩けない人は座ったままで、歩ける人は五七五で歩いてもらいました。体全体を動かすことに加え、五七五を数えると指の運動にもなりました。五七五はリズムですから、そんな風にリズムに合わせて体を動かすこともいいんじゃないでしょうか。

 俳句には古くから吟行というものがあって、出掛けて行って五感で感じてみたものを書いてみるという、大人の遠足みたいなものをやってみたことがあります。お昼を食べておしゃべりをしてっていうので、結構楽しいんです。幻住庵とか旧跡とかハイキングしながら俳句を作るとかね。脳トレにもなるし、体にも良いしっていうような。そんなのも面白いなとやってたときは思っていたんですよ。でもなんか吟行やりましょうと言うと敷居が高いんですよ。「難しいでしょ、季語というものがあるやん、わからへんわ」って。「季語っていっぱいあるのよ、周りにあるものほとんどが季語やし」とか言って励ましてね。それから俳句の五七五というリズムは日本人のDNAに組み込まれているんですよね。昔から七五調とか五七調とかそれこそ古代から続いていてか、「もう自然に言葉になってでてくるよ」って言うんですけども。やっぱり「俳句だけやりましょう」と言うと敷居が高いから、俳句教室とか言うとやっぱりちょっと興味のある人しか絶対応募してこない。そこで生き生き体操とか吟行とか組み合わせてみるようなメニューを広げていければと思います。私は先生役は無理なので、体操の人が専門的にやってもらうのが良いと思うのですが。

 編み物をするおばあさんが長生きすると言いますが、俳句も脳トレになり吟行で体を動かしたら、絶対長生きに貢献できると思いますよ。脳を使えば使うほど長持ちできて認知症にもならないって。それに紙と鉛筆があれば始められますし、3歳から100歳まで、死ぬまで続けられますよ。

 

― 俳句との出会い ―

 私が俳句を始めたのがそもそも遅く、しかもきちんとした俳句教室に入ったわけではなくて、家の近くでやっている句会みたいなのへどうかと言われて覗きに行ったんです。だから、一から「五七五はこんなので」とか教えてもらったんじゃないんですよ。行ったらもう見様見真似で作っていったというだけで。

 そのときはまだ私も現役で在職中でしたので、滅多に行けなくて、チラチラと見てただけなんですけど、そのうちに先生が交代したり環境も変わったり。夜の会になったりするとなかなか出られなくて。中途半端に続けていたのですが、結局しっかりやり出したのが退職してからですね。

 今は合計6つの句会に関わっています。結社とか句会によってね、全然違うんですよ、句風というか各会の俳句がね。伝統俳句と現代俳句と、その中間的なところとかいろいろあるんですけれど、最初は自分がどの俳句が作りたいのか、全然わからなくてね。だって最初のスタートがきちんとしてなかったものですから。

 文法ばかり厳しく言われる句会では、何か違うなぁというような感じでしたが。そのうちに自分が出会った素晴らしい先生が、「型にはまった俳句じゃなくて、自分の想いを加味した別の形にしてもいいんだよ」「自分の想いを込められるんだったら、ちょっとぐらい形崩してもいいし、自分の世界で作ればいい」っていうことを言ってくださって。「こんなん作ったらあかんのちゃうかな、何か言われるんちゃうかな」と思っても、そこで良いところを見つけてもらってね、こういう風に直したらとか、本当に手取り足取り教えてもらったという感じがするんですよ。というか、うまく引っ張ってもらえたという感じでしたね。そこで俳句というのはいいなあ、楽しいなあと思えるようになってきたんですよ。

 

― 大津市俳句連盟について ―

 大津の俳句連盟に誘ってもらってお手伝いしているうちに、組織のこともわかってきて、俳句好きの仲間がいて話しているのも楽しくて続けているんです。年間5回ほど主催の会があるんですが、人手が足りなくて一人何役もやらなくてはなりません。私は主に司会をやらしていただいていますが、最近はもうしんどいかなと思うようになってきました。

 若い人が入ってきて、ちょっと変わるかなとも思えます。やっぱりいろんな人と知り合いになれるし、披講していると名前も字画で覚えるんですよね。顔とは一致しないですけれど。

俳句連盟 川那部瞳さん

 

 

俳句初心者教室 川那部 瞳さん

― 句会の楽しさ ―

 句会の楽しさは、俳句と関係ない話でもいろいろとできるのが良いですね。いろんな情報が交換できますし。「新聞にこんなん載ってたよ」とか、「どこそこにきれいな花が咲いているよ」とか。今『動物の秘密』という本を読んでいるんですが、人間も動物ですよね。動物は群れを作って共同体で生きていくんですが、人間も「一人が良い、一人が過ごしやすい」「自分の居場所がどこだ」とか言ってても、人間は群れで、家族で生活するようにDNAが既にそうなっているんでしょうね、やっぱりコミュニケーションとして人と話すというのが大事なんだなていうこともね。人との関りが大切だということを最近つくづく感じているんです。高齢になったら「きょういく、きょうよう」が大事でってよく言いますよね、「今日行くところがある。今日用事がある」という状態が元気の秘訣だって。俳句の仲間に会って情報収集ができるという意味でも、俳句はいいなって最近つくづく感じています。

 

― 父のこと、レイカディアと歳時記 ―

 滋賀県のレイカディア大学は、今は草津に移りましたが、初期の頃には今のNHKの前に滋賀会館っていうのがあり、映画館や図書館もそこにあったんですけど、昔はそこで老人大学という名前でやってまして、父がそこに通っていたんです。私は知らなかったんですが、亡くなってから大きな大きな歳時記が出てきて、これ何って言ったら父が俳句をやっていたって言うんですね。私はその形見の歳時記を使っているんですが、私は父が俳句をしていることを知らなくて、私が俳句を始めたときにはもう父は居なかったので、そのことを父が知ったら喜ぶんじゃないかと思います。

 

― 写真と俳句 ―

 私は現役の頃は小学校の教員をしていました。大津市内をあちこち行きましたね。子どもの頃から本が大好きで、読んだり書いたりするのが好きで、自分で勝手に詩とか小説とかを書いて遊んでいました。写真もやってたんですよ。写真は瞬間を切り取る、俳句もいろんなものを切り取って五七五にまとめる。だから写真が大好きなときに、「俳句を作ってるつもりで作りなさい」と写真の先生に言われて。そういう風に共通するところがあると思って、俳句に興味を持ったということもあります。俳句は気持ちを、写真は対象物をいっぱいいっぱい切り取って、そして要らないものを切り捨てて作品にまとめる、焦点を絞るというところが共通していますね。その写真で表彰してもらったこともあるんですが、何事も中途半端でやめてしまったりしています。一方で、俳句は続けていますが、「これ」というひとかどのところまで行けるかどうか。人生も終わりに近づいているのに、そんな気持ちではダメですね。

 

― 若い人へのメッセージ ―

 自分が自然に惹かれていくことを信じて進んでいけば良いと思います。よくわからないこと、難しいことにも時間取ってやって行く。自然に惹かれるものを探すというのも一つの切り口かも知れないですね。写真をやっていて、片手間に俳句を始めて、何かそこに共通するものがあると思って俳句に入っていったというのは確かですね。

 それと、子どものときから文字や文章に触れる、本を読むとか、そういうことをもっと大事にしないといけないと思います。家庭で本を読んでいたら、やっぱり本好きの子どもになると思います。お母さん、お父さん、お爺さん、お婆さんが読んでいる姿を見たら、自分も読んでみようかなっていうようになると思います。

 私は娘が2人いるんですけど、2人とも本が好きなんですよ。私も本好きだったんですが、私が子どもの時は読書環境がとても悪く、家で本なんて買ってもらえなかったし、図書館っていうそんな施設もなかったし。小学校に入学して図書室というものがあって、そこにずらっと本が並んでいるのを見てものすごく嬉しかったんです。家ではせいぜい学年別の雑誌とかしか買ってもらえなくて、たまにお医者さんに行ったら待合室にある大人の雑誌なんか読んでました。娘が生まれてから娘2人を連れて図書館に行って、私は私の本を、娘はそれぞれの本を借りて読んでいました。家族が家でスマホとかテレビとかじゃなくて、本を読む時間も大事かなって思いますね。

 学校で5分、10分の朝の読書とかやってますけど、読まされているという感じになったらいけないですね。自分から好きに読みたいっていうのは、やっぱり小さい頃からそういう環境が大事だと思いますね。

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