比叡山高等学校柔道部(柔道競技)

更新日:2026年03月26日

大津市在住・出身など、大津市にゆかりがあるアスリートをご紹介します!

今回は、令和5年度高校柔道選手権大会で女子団体優勝、令和6年度高校柔道選手権大会で女子団体準優勝、男子団体ベスト8、さらに令和7年度の金鷲旗高校柔道大会で女子団体準優勝、インターハイ女子団体優勝、国スポ女子優勝、少年男子準優勝と数々の輝かしい成績を収めている比叡山高校柔道部に伺い、長年、監督として柔道部を牽引してこられた米富和郎先生と、5名の選手のみなさんにインタビューを行いました。

インタビュー

市スポーツ課(以下、市):昨年夏のインターハイでの、女子団体初優勝おめでとうございます。長年、指導されている中で、今の比叡山高校柔道部について、どのように感じておられますか。

米富先生(以下、米富):昨年は本当にありがたいことで、インターハイ初優勝させていただいたのですが、私は17年前に本校に赴任し、比叡山高校の柔道部を強化してきました。当初は部員も少なかったですし、滋賀県で勝つこともできず、近畿大会を目指すところから新たにスタートしたのを、今でも覚えています。その中で、当時から志を高く持っている選手はたくさんいましたので、結果は出なかったのですが、今と変わらない取り組みを当時から続けてきて、ようやくこの17年間かけてたくさんの選手達が、土台を作ってくれました。その積み上げた成果が昨年のインターハイでの優勝に繋がったのではないかと改めて感じています。

:17年間の先生と選手たちの思いが1つになった瞬間ではないでしょうか。

米富:比叡山高校は男女とも毎年体が大きい選手が集まるチームではなく、特に男子は小柄な選手が戦うというのがうちのカラーです。団体戦では全国の上位に上がるというのがすごく難しい状況が続いているのですけれども、昨年、男子の方でも、比叡山高校初の高校選手権ベスト8に入りました。女子の方も3年生は体が小さいのですが、高校選手権準優勝、金鷲旗準優勝とあと一歩というところでした。正直インターハイはちょっと厳しいんじゃないかなと私自身思って挑んだ大会ではあったのですが、キャプテンの中村を中心に、選手がやはりここで勝つんだという気持ちで戦ってくれて、初優勝をプレゼントしてくれたので、非常に思い出深いタイトルになっています。男子の方も今後はやはり日本一を目指して、これからも頑張りたいと思います。

:長年続けてきた取り組みが成果につながったのですね。女子の結果を受けて男子にもいい影響をあたえているのかもしれないですね。

では、生徒への接し方や指導方法などで、大切にしていることはありますか。

米富:指導方法というのも、年々やはり変わってきているとは思いますけれども、今は、選手の個性をしっかり伸ばすというところを一番大事なポイントとしてやっています。選手それぞれ持ち味が違いますので、一人ひとりの良さを最大限に生かすことや、柔道を通して人間教育をすることを意識しながら接しています。やはり柔道家として学んだことを、大学、そして社会に出ていくときに、少しでも役に立ててほしいという思いで、伝えております。

:先生自身も学生時代に世界で活躍をされていましたけれども、教員になられたきっかけをお聞かせください。

米富:もともと教員っていうのは学生時代、イメージはなかなか持ってはいなかったのですが、天理大学に進学をしたときに、恩師である細川先生との出会いが教員になる大きなきっかけになりました。細川先生に指導を受けた部分を大切にして、先生のような指導者になりたいという志を持って、今も教員を務めておりますので、先生との出会いがなければ、教員になっていなかったのではないかというふうに振り返っても思います。

:細川先生というのはどういう方ですか。

米富:私が天理大学に入ったときに、監督ではないのですけれども、特に軽量級のコーチという形で師範をされていました。軽量級の指導は正木監督と細川先生が一緒にされておりましたが、私は細川先生にほとんど学ばせていただきました。

:どうして母校の比叡山高校で教師をしようと思ったのですか。

米富:細川先生との出会いで教員を目指そうと思ったときに、いくつか指導する場所はあったのですが、母校の比叡山高校は当時、少し元気がなくて、県でも負けている状態が長年続いていましたので、柔道の指導に当たるなら、母校で強い比叡山をもう一度復活したいという思いを胸にここで教師として戻ろうと決意をしました。

:就任された当時はいかがでしたか?

米富:その頃は、男子は4人で近畿大会の団体戦に臨んだり、近畿大会の個人戦に1人だけ連れていったり、今ではもう15人、20人連れていくような試合であるのですが、当時は1人連れていって15秒ぐらいで負けて帰ってきて、また練習というようなスタートだったと思います。

:今の柔道部からは想像できないですね

米富:そうですね。地道に1歩1歩あゆんできました。

:先生にとっては柔道とは何ですか。

米富:本当に私をここまで成長させてくれた人生の一部ですね、もう人生そのものですね。

:今後の比叡山高校柔道部の目標を教えてください。

米富:やはり各階級で日本一というのを目指していきますが、将来的にオリンピックのメダリストというものが誕生するように、高い志を持って、長い目でもっともっと発展させていきたいと思っています。

米富和郎監督の写真

米富和郎選手

大井彩蓮選手の写真

大井彩蓮選手

大井彩蓮選手(新大学1年生)

:柔道を始めたきっかけを教えてください。

大井選手(以下、大井):母が柔道をしていたことがきっかけで小学1年生の頃に地元のクラブチームに入りました。

:幼少期、柔道のほかにスポーツは何かされていましたか。

大井:水泳と体操とボルダリングをやっていました。

:それが柔道に生かされていると感じることはありますか。

大井:バランスいいねとよく言われるんですけど、それは体操とかをやっていたことが生かされているのかと思います。

:柔道競技をしていて一番嬉しかったことと、つらかったことを教えてください。

大井:嬉しかったことは、高校1年生の選手権大会の時に団体戦で優勝したことです。つらかったことは、中学2年生の頃に、鎖骨を折ってしまって全国大会の予選に出られなくなってしまったことが、とてもつらかったです。

:団体戦というと昨年開催された滋賀国スポでも女子団体で優勝されていますね。その時の会場の雰囲気はいかがでしたか。

大井:他の大会と違って会場がとても盛り上がっていて熱気もすごくて、何か特別な感じがしました。

:数多くの国際大会で試合を経験されていると思うのですが、世界と日本の違いみたいなところはありますか。

大井:国際大会は会場の盛り上がりがすごいのですが、日本はそれに比べて静かだと思います。でも、国スポは国際大会くらい盛り上がっていて、一体感を感じました。

:地元の応援を力に変えて女子初優勝を勝ち取ったのですね。国スポの女子メンバーは比叡山高校出身の選手と現役比叡山高校生で成り立っていますが、比叡山高校柔道部の魅力はなんでしょうか。

大井:上下関係がしっかりしているのですが、普段はみんな仲良くて、練習が始まったら顔つきが変わり、真剣に取り組みながらお互いを高めあっているところです。

:皆さん本当に仲良さそうですね。では、目標としている選手や憧れている選手はいらっしゃいますか。

大井:丸山城志郎選手です。私も内股という技をよくするのですが、丸山選手のような内股を目標にして練習に取り組んでいます。

:今後の目標を教えてください。

大井:オリンピック優勝です。

:米富先生もオリンピック選手を出したいと目標に掲げられていらっしゃいました。オリンピック出場そして金メダルを目標に頑張ってください!

田中琉翔選手(新高校3年生)

:幼少期はどんなスポーツをしていましたか。

田中選手(以下、田中):小さい頃から柔道1本でした。小学1年生からクラブに入って、中学校ではクラブチームと部活を両方やっていました。

:中学校の時は全国大会で3位に入賞されていますが、比叡山高校に入学したきっかけを教えてください。

田中:全国大会のときに米富先生と直接お話する機会があり、「この先生についていきたい」と思ったことがきっかけです。

:地元の愛媛県から親元を離れて滋賀に来て寮生活はいかがですか。

田中:最初は慣れなかったですし、寂しかったです。今では慣れてきて自分でご飯を作ったりもしています。

:ご自身で作ったりもしているのですね。食生活を含め、体重管理などで気を付けていることはありますか。

田中:試合の時、計量がありますので体重管理は大変です。とにかく体重を落とすのではなくて、筋肉を保ったまま、脂肪だけを落とすことを意識していて、食生活は、タンパク質をしっかりと摂って、脂質を控えるようにしています。寮のご飯と自分でも食材を買って、ちょっとアレンジして作ったりしています。

:目標としている選手や憧れている選手はいらっしゃいますか。

田中:この間、全日本シニア選手権で優勝した81キログラム級の佐々木健志選手です。柔道がアクロバティックで、見ていて面白くて興奮します。そういう柔道を自分もしたいと思っています。

:今後の目標を聞かせてください。

田中:最終目標はオリンピック優勝です。そのためには、まず選手権とインターハイで優勝して、そのスタートラインにたつことです。

:3月末に開催される選手権大会と、夏のインターハイ。楽しみにしています、頑張ってください。

田中琉翔選手の写真

田中琉翔選手

林桃選手の写真

林桃選手

林桃選手(新高校3年生)

:幼少期から柔道をされていたのですか。

林選手(以下、林):小さい頃は水泳や体操、テニスを習っていました。私のおじが柔道をしていて、最初はあまり乗り気ではなかったのですが、小学1年生の頃に「やってみたい」と習い始めて、それからは柔道だけです。

:比叡山高校柔道部に入部したきっかけを教えてください。

:中学生の頃から練習に参加させてもらっていたのですが、柔道部の雰囲気がいいなと思いました。

:どんなところが良いと思いましたか。

:練習以外はみんな仲が良いのですが、部員みんなが強くなりたいという向上心をもっているので、練習が始まったら真剣に取り組んでいるところがとてもいいなと思いました。

:試合前に行っているルーティンなどがあれば教えてください。

:時間があるときは、できるだけ寝るようにしています。試合前にちょっと時間あるなと思ったら、身体を休めるようにしています。畳に上がってから緊張してきたときは深呼吸をするようにしています。

:「滋賀国スポ」の選手として参加されて会場の雰囲気はどうでしたか?

:滋賀県で開催されたので応援がすごくて、勝った時に観客の皆さんがスティックバルーンを叩いて祝福してくれました。最初はちょっとびっくりしましたが、とても印象に残っています。

:今後の目標を教えてください。

:日本一になることです。

井上玄樹選手(新高校3年生)

:これまでたくさんの試合を経験されていると思いますが、試合前に行っているルーティンなどがあれば教えてください。

井上選手(以下、井上):自分はとても緊張しやすいので、ルーティンというか、試合前に何を食べるか、何をするかを決めています。試合に行くときは、必ずオレンジジュースを飲むようにしています。それから試合前のルーティンとして、よく胸を叩く人もいますが、自分はその場で柔道の動きでいうと足払い、左右の足を交互に動かして、試合に臨むようにしています。

:同じことをして試合に臨むというのが、一番いいのですか。

井上:はい。自分はよく気持ちが落ち着かなくなるので、落ち着かせるために、いつも通りのことをやるようにしています。小・中学校の頃は緊張のせいで思うように勝てないこともありました。でも今は試合にも慣れてきましたし、小・中学校に比べたら高校の練習が厳しいので、「これだけやってきたんだから大丈夫だ」と思えるくらい自信がつきました。緊張も乗り越えて、力に変えるようになりました。

:柔道をしていて一番嬉しかったことは何ですか。

井上:昨年の金鷲旗という大会で、初日から選抜メンバーとして出させてもらったのですけど、3人抜いたところで、負けてしまい、とても悔しい思いをしました。ですが、次の日の國学院栃木高校との試合では5人抜きをすることができました。初日に思うような結果を出せなかった悔しさもあったので、とても嬉しかったです。これまで練習で厳しい場面を想定して取り組んできたことが、結果につながったのかなと思います。

:金鷲旗の5人抜きというのは柔道界では特別なものですよね。では、柔道をしていて、つらいと感じる事は何ですか。

井上:努力していても結果が出ないときは、一番つらいです。せっかく練習していても結果が出ないと面白くもないし、やはり勝つためにやっているので、勝てない時はつらいです。ここ最近で一番つらかったのは、選手権予選の団体戦です。自分が先鋒で流れをつかむ役割だったのですが、負けてしまって、チームで全国大会に出られないという状況になり、本当に柔道をやめようかと思うくらいつらかったです。

:個人戦では全国大会に出場されると思いますが、団体戦と個人戦ではやはり違うものですか。

井上:個人で結果残すのも大事ですが、チームとして見られるのはやはり団体戦だと思います。中学生の頃の自分もそうだったんですが、他校の人が比叡山高校を見たときに、団体戦でどこまで勝っているかを見ていると思います。だからこそ、そこで全国大会に出られないのは本当に悔しいです。

:今後の目標を教えてください。

井上:目標は、まず個人戦で選手権大会日本一になることです。団体戦は出ることが出来ないので、チームの思いを背負って戦いたいと思います。また、夏のインターハイでも優勝して、日本を代表するような選手になりたいです。

井上玄樹選手の写真

井上玄樹選手

森田七海選手の写真

森田七海選手

森田七海選手(新高校3年生)

:柔道を始めたきっかけを教えてください。

森田選手(以下、森田):父の影響です。通っていた小学校の隣の道場で大人の方々が柔道をしている環境でした。そこで3歳から道場に通っていて、当時は柔道着は着ていたんですけど、柔道というより、かけっこや馬とびなどの基礎的な運動が中心で、とても楽しかったのを覚えています。

:比叡山高校に入学したきっかけを教えてください。

森田:中学生の頃に何度か練習に参加させていただき、米富先生に指導していただいたことがありました。ただ、中学3年生の全国大会後に一度柔道をやめようと思い、中学校の先生にその思いを伝えました。すると、次の日くらいに米富先生が中学校に来てくださりました。その後、比叡山高校の寮に泊まって、合宿の経験をさせていただき、先輩方もとても優しく、「柔道を続けていくなら比叡山高校」と決めました。

:柔道は階級制の競技になるので体重の管理などは大変だと思いますが、気をつけていることはありますか。

森田:試合の1ヶ月前ぐらいから意識をし始めるのですけれど、2週間くらい前から、食事を変えていって、脂質などは取らないようにして、たんぱく質を多くとるように意識しています。母が作ってきてくれるカロリー控えめのささみや豆腐メインのおかずを食べたりしています。

:お休みの日はどう過ごされていますか。

森田:オフの日は、ご飯食べに行ったりしています。寮生で一緒に行くときもありますし、結構、1人で出かけたりもしていて、1回1人で京都まで行ったこともあります。オフの日が前もってわからなかったりするので、前々から母が来ると分かっていても、近場で楽しめるところで過ごします。

:今後の目標をお聞かせください。

森田:昨年は選手権と金鷲旗は準優勝だったので、今年は全部勝って3冠とりたいですし、個人戦もまだ高校に入ってから優勝していないので、優勝したいです。

:比叡山高校柔道部の皆さんは、日本一、世界一を目標に日々励んでいらっしゃるのですね。貴重なお話をたくさんお聞かせいただき、ありがとうございます。

柔道の練習をしている男子の写真
柔道の練習をしている女子の写真
比叡山高校柔道部集合写真

米富先生をはじめ、大井選手、田中選手、林選手、井上選手、森田選手、インタビューにご協力いただきありがとうございました。比叡山高校柔道部の今後ますますのご活躍を心より応援しております。
(この記事は令和8年2月時点のインタビューを基にしております。)

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